府中米軍基地跡

1939年に旧帝国陸軍の管轄で設置され、終戦後は米軍の管理下に置かれた。1972年に基地全体が米軍より返還されたが、米軍住宅地と通信施設が廃墟となった。圧巻は直径14mにも及ぶ巨大パラボラアンテナだ。
敷地内を進むと、貯水槽のようなものに辿り着いた。
一気に登る。貯水塔からの眺め。あの二機のパラボラに行くんだ。待ってろよ。
貯水槽の側には廃屋があり、入るとなかなか…いいじゃん。左下の写真とか造りがアメリカっぽいと感じるのは思い込みだろうか。
天然のスポットライト。
赤錆は眩しく映える。
防毒マスク。穏やかではない場所なのだ。
敷地内は広く、道の分岐も多かった。しばらく進むと、怪しげな建物を発見した。
あ、ここか‼この入り口の絵は有名だ。事前に把握済みのポイントに着くと嬉しくなる。ちなみに、髪の毛があり胸にWと書かれているのはこの人物だけだ。
他の人物には髪の毛がなく、胸にはC。
これらが何を意図して誰が書いたのか、全くの謎である。共通点はトイレに関わるということだ。
ここは、二階建て。途中の階段ではコミカルな猿が次々と降りてきた。みんな同じものを持っている。
待ってました‼この構図☆廃墟雑誌などで、たまに見かけるものだ。一説によると、ここは寮として昔使われていたらしい。オリンピックの際は選手が泊まったと言われるが真偽はわからない。
敷地内をさらに進むと、再び機械室があった。英語で、NO SMOKINGとあちこちに書かれている。



さぁ、パラボラの下までやって来た‼梯子が見えるだろうか。一気に登る。
パラボラは北を向いている。戦後は東北にある三沢基地とのラジオ交信専用に使用されたという。
パラボラの中腹から美しき大輪の花を仰ぎ見る。
見よ、このアングル。登頂に成功した。前人未到を踏破するのがデパ流。
パラボラの真下にある制御室。アメリカ第5空軍「通信班」が使っていた。使用期間は短かったが、ベトナム戦争前期にはアメリカ空軍の通信に大きく貢献していた。万が一核攻撃を受けた場合の、緊急用電話システムも設けられていた。
頭上の巨大パラボラアンテナの心臓とも言える電気室。日本の地にいながら、所々で異国情緒を感じることが出来た。巨大パラボラのインパクトは一生忘れない。

Departure

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