東濃朝鮮初中級学校

かつて学校法人岐阜朝鮮学院が運営していた岐阜県土岐市にある朝鮮学校。初中級というのは初級部(=小学校)と中級部(=中学校)に当たる。ちなみにここには幼稚班(=幼稚園)もあったようだ。
1975年開校当時は100人ほどいた生徒も、進学・就職に不利などの理由から年々減少。その数が18人にまで落ち込んだ1998年に、愛知県の東春朝鮮学校に統合される形で閉鎖された。
異国の学校は市内を一望出来る丘の上にあった。校庭には緑が繁り、校舎を飲み込む勢いだ。抜けるような青空。ブランコや鉄棒が残っている。
朝鮮学校は、北朝鮮の教育機関である。教育内容は母国の教育そのままで、日本語は外国語授業として学ぶ。一応、各都道府県の学校法人が運営しているが、日本の教育を受けたことにはならない。
金一族礼賛の教育が行われていた。どこかに、金日成主席の写真とか残ってないかな。
校舎の2階。造りが独特だ。朝鮮系というか。日本の建築っぽくない。
破壊具合が凄い。グラフィティーアートはなく、低俗な落書きが多かった。
とはいえ、構造美を強く感じる廃墟だ。窓越しに緑が眩しい。夏の自然に覆われた廃墟は
訪問者を拒む。しかし、入ってしまえば美しい廃墟美を魅せてくれる。
気持ちの良い廊下。外と繋がっている。
小さな黄色いプール、カラフルな棚。この時は不思議に思ったが、幼稚園生のものだったんだ。賑やかな声が聞こえてきそう。
再び2階(2階建て校舎)。解放感がある。窓から運動場を眺める。サッカーをしたんだろうな。※サッカーは北朝鮮の国技
正面の入り口に戻ってきた。この真上に気になる部屋がチラリ。
つくづく独特な造りだ。
天井は低いが、広さは一番。集会場として使ったのだろうか。
帰りがけに地下への階段を発見。
危うく、見逃す所だった…。

地下室。上は理科室。下は音楽室。ここで、ついに探していたものを発見した。
偉大なる金日成国家首席の本である。社会主義国家ソ連のスターリンに認められ、アメリカの手先と化した南朝鮮(北朝鮮ではこう呼ぶ)を追い払い、朝鮮国を作り上げた神のような存在である。
戦いは壮絶なものだった。しかし、将軍様の優れた指導のもと祖国を守り抜き、あの大国アメリカを屈服させ、停戦の嘆願を受け入れるに至ったのである。
実は北朝鮮に行ったことがある。2016年4月に北京の北朝鮮レストランから12名が韓国に亡命した事件をご存じだろうか。その事を年配の方に聞いたら「それは韓国側が拉致したんだよ。君は何もわかってない」と呆れ顔で言われたことを思い出した。
ここは校庭の裏側に立つ体育館。最初は草木に覆われていて何の建物なのか全く分からなかった。誰が置いたのか、奥にポツンと椅子がある。
裏の倉庫に「9.9」の看板を見つけた。北朝鮮の建国記念日である。北朝鮮では毎年その日に「マスゲーム」と言われる集団演技が行われており、盛大かつ見事なもので、各国のニュースによく取り上げられる。

歴史に翻弄される人生。この世界のどこで生を受けるかにより、生き方や考え方は大きく変わってしまう。日本で生まれ、日本の社会で育ち、日本の基準で生きている自分にとって、それはあまりにも大きな問題。少し真剣な顔で、異国の学校を後にしたのでした。

Departure

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