屋島ケーブル

屋島登山口駅から屋島山上駅に登るケーブルカー路線。1929年に運行開始。戦時中の中断、1961年の屋島ドライブウェイ開通にも負けなかったが、2005年に廃止が決定。
屋島は一大観光地。山頂にある四国霊場八十四番の「屋島寺」を中心に、景勝地として人気を博した。ここは30年間、屋島寺に行くための唯一の公共機関だった。
そんな屋島ケーブルも、屋島観光の衰退には勝てなかった。レジャーの多様化、交通の便の悪さも手伝い、歴史にピリオドを打った。
ケーブル君が話しかけてきた。「上の相方によろしく伝えてきて欲しいんだ」
10年以上会ってないので寂しいらしい。こんなウルウルした瞳で、頼まれたら断れない。
よし、任せろ!彼に手を振り、レールを登り始める。

ちなみに、運航していた二台のケーブルカーの名前は「義経号」と「弁慶号」

運航最後の日は、機械故障で終日運転ができず、まさに「弁慶の立ち往生」となったらしいから泣ける。
急勾配はしんどい。看板の「0.8km」を甘く見ていた。
振り返ると屋島の美しい町並みが一望でき、だんだんと景色が開けてくる光景は最高だった。
やっと、屋島山上駅が見えてきた…

疲労で頭が働かず、まだ、相方がいないという事実を受け入れていない状態。
屋島山上駅の外観。大正ロマンを思わせる惚れ惚れする建築だ。周囲には人馴れした黒猫たちが沢山いた。
傘に宮地商店とある。山上駅のそばで営業していた有名店だったらしい。
奥の運転室へ。
ハンドルがバオパブの木みたい。
彼らは沈黙して長い時を過ごしている。
昭和57年の四国新聞があった。
二階へ行こう。「ROOF」喫茶店の名前だろうか。
なかなかにアドベンチャーだ。やはり、二階は喫茶店だったようだ。さらに、三階へ。
ここまで登った甲斐があった。モダンな造りには、今の建物にはない良さがある。
屋上に出た。屋島の町並みが眼前に広がる。ここから海は見えないが、ドライブウェイから見えた海もそれはそれは素晴らしかった。有名な屋島の源平合戦、那須与一が扇を射るには最高のステージだ。
地下にはお約束の滑車。真っ暗だったので、フラッシュを使用。
下の駅舎は取り壊された。こちらの駅舎はいつまでも残ってほしいなぁ。では、レールを下って戻ろう…



SAM「おーい!」
ケーブル君「おかえり!どだった?」





SAM「元気そうにしてたよ!」
ケーブル君「わぁ、良かった~☆」

Departure

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