贄川小学校桑崎冬季分校

贄川(にえかわ)と読む。長野の山中に眠る廃分校。覚悟はしていたが、アクセスは大変だ。トンでもない山道を車で行く。車を大切にしている方は悲鳴を上げるだろう。


昭和43年には桑崎の集落自体が閉鎖。民宿を発見、神輿には昭和35年作とあった。
次は別の家屋だが
一瞬びっくりした
苦手な人は飛ばして下さい
熊さんの剥製…。
さらに進む。祠や道祖神が随所に見られる。「天空寺/天神天満宮」の文字。道の左奥に何かあるぞ。

よくわからないが、ぺしゃんこになった感はある。左のお堂の中から、何かがこちらを見据えている。


お稲荷さんだ。手には「八」と書かれた徳利をお持ちだ。
ようやく小学校が見えてきた。
贄川小学校桑崎冬季分校。昭和42年に閉校。昭和34年の時点で児童は16名だったので、集落の子供たちの学舎だったのだろう。
こちらはサイロ。刈り取った作物を密封し、約3ヵ月乳酸菌の作用で発酵させる。すると「牧草の漬け物」のようなものが出来る。家畜はおいしいおいしい言いながら食べる。
サイロの中は、青い屋根の色が透けて綺麗だった。この木箱は何だろう。
鐘だ。チャイム代わりに鳴らしたんだね。
うっすらと地面には雪が残る。
炊事場。フライパンが暇をもて余している。
中は学校というより、古民家のような造り。
「乃木将軍と東郷元帥」字が右から左、戦前のものだ。乃木希典の文献は古い廃校でよく見かける。軍神と呼ばれ、当時の子ども達の憧れだった。
和室を抜けて、奥は台所。窓の外では、例のフライパンがこっちを見ている。
わりと広めの部屋。ここが教室だったのだろう。水彩画が何枚か置いてある。

この奥の
部屋が
素晴らしかった
なんだか神秘的だ。
まるい照明が惑星のように浮かぶ。そして、沈み行くピアノ。山奥の小さな小さな分校には、小宇宙が広がっていたのでした。

Departure

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