中ノ島

軍艦島の隣に位置する。1884年に三菱の所有となり炭鉱の開発が始まったが、坑内の湧き水により、わずか9年で閉山。その後は軍艦島住民のための海浜レジャー場となり、1962年から水上緑地公園が整備されたという。

軍艦島には墓地がない。代わって中ノ島に、火葬場や墓地が設置された。海岸には赤茶けた煉瓦造りの遺構が無数に散らばる。
眺めが良さそうな場所に登る。この用途不明の四角い穴は相当に深いぞ。
海岸沿いでは一番の高台。さらに高い場所に行くには…

この切り立った崖を登らなければならない。往年の階段は完全に崩壊。

崖の上には
遺構があった
納骨碑だ。奥の草むらには、お地蔵様も数体いらっしゃった。この近くに立坑跡、火葬場跡、納骨堂跡があるはずだが…
これが納骨堂かな。…と言うか
木の絡みつき具合が凄い。正面から見るとスタイリッシュな髪型みたい(笑)

ふと、目をやるの島からの軍艦島の眺めは格別だ。
水上緑地公園は果たして見つかるのか。道はもはや無い。急な崖は四肢をフル活用しなければ登れない。
さらにさらに行く。本当にこの道であってるのか?たまに顔を見せるコンクリに励まされながら進む。ここには人の営みがあったはずなんだ。
突如目の前に
モニュメントあらわる
なんじゃこりゃー!元が何なのか、調べてもわからなかった。古代遺跡のようなまがまがしいオーラを放っている。
そしてついに
水上緑地公園に辿り着いた。
ここは人々の憩いの場。中央の大理石には東西南北の方位が刻まれている。

さらに進むと
石碑があった
表側には南無法蓮華経…日蓮宗だろう。明治16(1883)年設立と刻まれており、中ノ島の開拓期と一致した。そして、この石碑も後ろ姿がスタイリッシュなのだ。
素敵~☆
偶然見つけた、石の滑り台。草木に覆われて見逃す所だった。
さらに進んで休憩所。ブランコもあった。水上緑地公園は完全に森に飲み込まれていた。島の裏側の海岸を眺めてUターン。何かインパクトのある遺構はないかなと思った矢先…。

納骨碑の近くで
発見した
明治期の立坑跡だ。中ノ島は1893年まで炭鉱の島だった。直径5mくらいの巨大な穴。写真で伝わるかわからないが、かなりの迫力があった。中ノ島の探索終了!

中ノ島の探索は急遽決まったことだった。以前NHKで中ノ島のドキュメンタリーを見たことがあり、気になっていた。ゼロから手探りの探索だったが、当時を偲ばせる遺構を見つけることが出来て、本当によかった!

Departure

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