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大生紡績

大生(たいせい)紡績株式会社東浦工場。1919年に創業し1992年に閉鎖された。知多半島は繊維工業が盛んな地域で、このような工場群が数多く残る。

繁栄したのも昔々。現在は無人であり、ひっそり閑としている。右手の鉄筋コンクリートは工場ではない。

社員寮だ。最盛期には従業員が630名を越え、工場敷地内に建てられたものだという。

敷地内は広く、日常生活の大半はここで賄えたのではないか。

貫禄のある変電室だ。

持ち主たちが去ってから四半世紀。

もう使われることのない備品達は、沈黙して長い時を過ごしている。

上方の棚、崩落しそうで危なっかしいぞ。



更に敷地を



巡る

突然大きく開ける視界。真っ赤な火消しさんは、今宵もパトロールを欠かさない。

1959年9月の伊勢湾台風では工場周辺が1m以上浸水したという。幾多の困難を乗り越えてきた。





紡績工場の華とも言える作業場に到達した。

使い古された黒板、

この自転車も走り回って活躍していたに違いない。

無数のローラー。戦後の朝鮮特需の際はガチャマン景気に湧いたという。ガチャマンとは「ガチャンと織れば万の金が儲かる」の意味。大盛況がうかがえる。

ゴロンゴロン…。戦後の日本経済を支えた功労者たち。お疲れさまでした。

ポツンポツンと光の道しるべ。

誘われるように大煙突の傍らへ。

どーん!!!超巨大な竃の登場だ。

穴の中は漆黒の異空間。手をかざすと、冷たい空気でひんやりしていた。

社員寮の前の桜は、これから見頃を迎える。

さようなら、大煙突さん。日本の経済発展のど真ん中を彼は生き抜いてきた。これからの日本はどうなるのか…高見の見物は続く。

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