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スマラン慰霊塔  

スマラン慰霊碑は、三峰山の山麓に位置する慰霊塔。後述するが著名人の筆跡から1987~1989年に頃に建立されたと推測される。

スマラン事件とは、太平洋戦争終結直後の1945年10月にインドネシアのジャワ島スマランで起きたインドネシア軍と日本軍の武力衝突である。

日本軍保有の武器引き渡しを巡って生じた騒乱で、インドネシア側に1000〜2000人、日本側に200人以上の死者・行方不明者が出たとされる。

慰霊塔は白い八角錐状。高さは20mほど。

前面には「鎮魂之碑」というプレートが埋め込まれている。

正面扉は以前は閉じていたらしいが、近年はずっと開きっぱなしだ。

内部には絵が描かれている。2000年頃のブログでは何もなかったので、どこかのタイミングで誰かが描いたのだろう。

東南アジアの寺院を訪ねている気持ちになる。自身、実際に各国の寺院を巡ってきたので本当に懐かしい。

右下の…

この生き物なんだ?一匹だけ独特だった。

見上げると空洞。定かではないが塔の頂上まで登れる通路になっていると感じた。

山麓なので外界を見渡せる。仏舎利系はこの高台に造られるパターンが多い。

一際大きな仏像。触地印の仏陀だ。

台座に文字、ジャワ語だろうか。

仏像「折角だし、周囲を巡りなされ」

ガネーシャか。ヒンズー教らしい神像も見られた。

首が無い。

ちょっと好きな一枚。仏像の表情に助けられて生き生きした写真が撮れる。

元首相の小渕恵三氏による筆跡。小渕恵三氏が官房長官だったのは1987年~1989年なので、この塔が建立されたのもその頃だろう。

裏側もシャッターが少し開いていた。

人里離れた場所で植生は進み、仏像なども半ば埋もれつつある。この手の史跡は大切に残されてほしいと思う。時代に翻弄された人々の歴史が息づいているのだ。

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