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豊後森機関庫

1934年に完成した扇形機関庫。最盛期には蒸気機関車21台が所属していた。1971年に閉鎖したが、2009年に近代化産業遺産、2012年には登録有形文化財に登録された。

蒸気機関車が一台展示されている。これは実際に1919年から1974年の55年間長崎で走っていた。原子爆弾が投下された際には、たくさんの人や被災者を乗せて走ったという。解体処分されるところを保存の署名が集まり、今はこの大分の地で静かに余生を送っている。

なぜ扇形なのか。

蒸気機関車には明確に前後の区別がある。方向転換には転車台が必要で、扇形の機関庫と組み合わせることで、場所を取らず車両を効率よく格納できるのだ。

左手にあるのが操縦室。ちなみに、これは手動で回すらしく、今でも動くらしい。

ゆっくりと車庫へ戻る。

トーマス「ふぅ、今日も走った」

整備士たち「ごくろうさまです」

内部は美しいの一言。

時間帯によっては、長い光の帯が見られる。

冬の雪化粧を狙う写真家もいる。

柱の色合いがお洒落。

1945年8月4日には、米軍機の機銃掃射によって職員3人が死亡する被害を受け、壁面にはその際の弾痕が残っている。

窓が当時のままならば

目を覆いたくなる光景も、沢山映してきた。

大変な時代を駆け抜けてきた蒸気機関車と機関庫。

小さな子どもの手をとるお母さん。一方ではあちこち指を指し、質問詰めの我が子に困り顔のお父さん。ここは長閑な公園となり、市民の憩いの場として開放されている。

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