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検見川送信所

1926年に建築された逓信省技師の吉田鉄郎による近代建築。対外国通信を主な目的とし、日本で初めて短波による標準電波を送信した施設でもある。1979年に施設は廃止された。

住宅地の真ん中の広い敷地にでーんと鎮座。想像より遥かに大きくてびっくりした。

鉄板が赤褐色なのは酸化の影響。予想通り、中には入れそうもない。

が、しかし。2009年に一度、重機を使って侵入防止用の鉄板が破壊されたのが見つかったそうだ。



現役の頃の



写真

建物の角が丸みを帯びているのが、遠目にもわかる。電波塔がこの地域一帯に立ち並び、それはそれは壮観な光景であったという。※散歩をしている高齢のお爺さんと座り話で教えてもらった。現在は民家が立ち並ぶが、昔は一面の畑。この辺りは地盤が強く地震にめっぽう強いらしい。

現在はこの本館のみが残る。ここも取り壊される予定であったが、2007年に保存運動が起こり、一命をとりとめた。

良かったね、検見川送信所。外観に品もあり優しい感じなので、公園にしても素敵だと思う。

アーチ状の入り口。柔らかいマシュマロ色。

トントントン…。たくさんの人が使ったであろう石階段。穏やかではない時代も駆け抜けてきた。

太平洋戦争中は、南方の占領地との通信も担ったという。「ニイタカヤマノボレ」の発信にも関わったと噂される。

本館の脇には給水塔が残っている。

給水塔の内部。夏は緑に覆われそうだ。

チラリ。

登頂。

風が心地よい。春はもうすぐだ。

技術が発展してさらに新しい通信が生まれた時、また新たな巨大廃墟が生まれるのだろうか。早咲きの桜。季節は確実に流転する。

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